ジェネレーター 学びと活動の生成

書籍紹介

(ジェネレーターは)一緒に何かをつくりあげる仲間であることをがデフォルトであり、自分が知識を伝える必要があれば意識的にティーチャーになり、場の雰囲気がまずいなと思ったら一歩引いて意識的にファシリテーターになろうとふるまっているに過ぎない。

市川 力、井庭 崇著(2022)『ジェネレーター 学びと活動の生成』学事出版 p.174より

「ジェネレーター」(generator)とは、慶応義塾大学の井庭崇先生と市川力先生がつくった新しい概念です。generatorという言葉は、「発電機」や、「蒸気や気体の発生器」という意味をもつ言葉で、コンピュータ分野では、「コード・ジェネレーター」というように、変換して出力してくれるプログラムのことを指しています。井庭先生らの「ジェネレーター」は、自ら面白がりながら創造・探究を進め、周囲も巻き込んで刺激・誘発しながら、みんなで成し遂げてしまう人のことを示しています。教師でいえば、生徒・学生に教える「ティーチャー」や、議論や話し合いを促す「ファシリテーター」でもなく、生徒・学生のなかに入り一緒にプロジェクトや探究に取り組む人ということになります。「教育」の枠を超え、「生成」「中動態」「コラボレーション」等のキーワードから、自ら探求し、創造する社会をつくる新たな学び、生き方のスタイルを、井庭先生の具体的な実践事例等で紹介しています。

井庭崇のInspiration Note:「ジェネレーター」としての教師、親、リーダーより抜粋、一部改変

ジェネレーターは、「散策」します。それは「何か」を探しているという意味では、「探索」と言うことができます。世界が差し出すものを見逃さない、真剣な眼差しと姿勢があります。しかし、あらかじめ決められた特定のものを探しているのではありません。落とした物を探すようなそういう探索ではないのです。そこに「何か」面白いもの・美しいもの・驚くべきものがあることを予感し、それを追い求めて歩きます。それは、これから出遇うものを感じることができるように、自分の感覚をひらき、感度を上げた散策です。だからこそ、何かを発見し、連想し、生成することができるのです。そういう意味での、可能性にひらかれた探索としての散策。これがジェネレーターの散策なのです。

はじめにより一部抜粋

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